
母乳が出なくて、不安で仕方のないあなた。その気持ちよく分かります…私も同じでしたから。
私が通っていた産婦人科は、母乳育児推進の病院だったんです。出産前に母親学級が何回かあり、そのたびに母乳の重要性が説明されたので、私もすっかり「母乳派」になってたんですよね。
“出産前でも母体は授乳の準備を始めているので、マッサージしてるとポタポタ出てくるママもいますよ~” なんて言われて、全く出る気配のなかった私は、あせり始めました。周りのママたちは、ウンウンってうなづいてるのに… “私、劣等生?”
思い返せば、母乳との闘いはもうここから始まっていたのかも? そんな私の体験談と、アドバイスをお話ししますね。
スポンサーリンク
母乳がぜんぜん出ない!!
長くつらい陣痛に耐え、ようやく対面できたわが子。
「出産すれば、きっと母乳は出るはず!」
…そんな淡い期待も、見事に砕かれてしまいました。“乳首が取れちゃうー!” と思うほど、授乳は痛いけど、わが子のためと日に何度もくわえさせてたんです。
そのたびに、母乳が出ないと泣かれ、ブンブン拳でたたかれ始めました(T.T)
看護師さんを何度も呼んで、くわえさせ方をあれこれ指導してもらい、抱き方もいろいろ試してみたけど…効果はなかったんです。
とにかく、吸わせることだから!
「完全スパルタ式」です。
出生後、3日ほど体重が減るのは当たり前だそうですが、その後も娘の体重は減りつづけ、とうとう退院日を翌日に控え、先生に呼ばれてしまいました。
このままだとお子さんは退院できませんよ!
・・・泣きまくりました。
そして、付き添ってくれていた実母と夫に諭され、ようやく「ミルクを与える決心」をしたんです。でも内心は、罪悪感と 劣等感で、胸が張り裂けそうでした…。
ミルクはたくさん与えてしまうと、母乳から遠ざかってしまうからという理由で、ほんの少しずつ与えることになったんです。それでも、母乳よりはまとまって飲めることに、娘は喜んでくれてたようで。
泣きわめく回数も減り、体重も増えてきて、何とか母子そろって退院ができました。
母乳が出ないことで身も心もボロボロに…
でも、ここからが、更なる闘いのはじまりだったんですよ。
日中は、とにかく泣けば、おっぱいを吸わせてたんです。病院から、授乳のたびに時間を書き込む手帳をもらって記録してたんですが、回数が多過ぎて書き切れないほど。
当然、乳首は痛いし、寝れないしで、私はふらふら。
子供も満足に飲めないので、常にお腹が空いて、眠気とのたたかいだったと思います。夜だけはミルクを少量あげていたので、数時間はまとまって寝てくれてたものの、もう早朝からは再びぐずりが…。
次第に疲れがピークになっていきました。すると、精神的にぼろぼろになっていったんです。
とにかく、夜が恐い…。
日が沈んでくると気持ちが不安定になり、目を閉じて心を落ち着かせようとしても、なぜか目が閉じれないんです。閉じると心が余計にざわつき、目を閉じてるのに砂嵐のような残像が見えてきて…。
結局、廃人のようになって、夜中じゅうテレビをボーッと観てたりしました。
それでも、おっぱいだけは吸わせ続けて…。
明け方、太陽が上ってくると、何とか新しい朝を迎えられたことに ホッとしてた。今思えば、こんな状態で、私も娘もよくぞ生きてたと思います…。
母乳にこだわる必要はない
3ヶ月ほどそんな生活が続いて、やっとのことで、娘が満足するほどの母乳量が出るようになったんです。
それを期に、授乳回数も平均的なところまで減らすことができたし、乳首も吸われることになれて、痛みも感じなくなりました。
でも、今思うに・・・
“そこまでやる必要あったのかな?” って。
私のおっぱいを一心に吸っているときの娘の顔は、ほんと可愛くて可愛くて仕方なくて♡もう~たまんないです!!
でもね…その可愛さに “気付けるまで” に、何ヵ月かかったことか。
きっとその間だって、たくさん可愛い姿を見せてくれてたはず!なのに母乳のことで、朝から晩まで、私は頭がいっぱいで。
すごく悔しいけど…自分が落ち着くまでの間の娘の顔・・・記憶がないんです。
もしかして、すっぱり頭を切り替えて、母乳とミルク半々の混合にしていたら、もっと子供と、心穏やかに過ごせていたかもしれませんよね。
母乳でもミルクでも混合でも、赤ちゃんは元気に育つんですから!
母体の回復にも、余計なストレスをためないで、赤ちゃんといっしょに横になれる時間が必要だったんじゃないかな…って。今はそう思います。
外野は好き勝手言いますよ~!考えを押し付けてくる人もいるでしょう。
でも、母乳が出ないのは仕方のないこと。そんな言葉は適度に聞き流して、無理をせず、どうかあなたと赤ちゃんが 笑顔でいられる道を選んで下さいね(^-^)v